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福岡高等裁判所 平成3年(ネ)307号 判決

控訴人

矢野新雄

右訴訟代理人弁護士

板井優

右訴訟復代理人弁護士

小林洋二

被控訴人

人吉市

右代表者市長

福永浩介

右訴訟代理人弁護士

川野次郎

被控訴人

池崎建設有限会社

右代表者代表取締役

池崎末光

右訴訟代理人弁護士

山田一喜

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは、各自金八四万五七〇五円、及びこれに対する昭和五八年一二月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを四分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人の、各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金三六三万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一二月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合にる金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張、及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏一〇行目の次に改行のうえ

「(1) 本件事故現場は、歩車道の区別のある市道で、歩道に水道工事のため穴が掘られていたのに、手すり等通行人や自転車でそこを通る者が穴に転落しないようにする設備がなく、単に道板で穴を塞いだだけであって、土地工作物に瑕疵がある状態にあり、市道の管理者として、民法七一七条の責任がある。」を、同一一行目の冒頭に「(2)」を、各加える。

二  同二枚目裏末行の次に改行のうえ

「(1) 水道工事の施工のため本件事故現場の歩道に穴を掘って同所を占有していたが、その穴には手すり等通行人や自転車でそこを通る者が穴に転落しないようにする設備がなく、単に道板で穴を塞いだだけであって、土地工作物に瑕疵がある状態にあり、民法七一七条の責任がある。」を、同三枚目表初行の冒頭に「(2)」を、各加える。

三  同三枚目裏六行目「被告らに対し、」の次に「民法七一七条、そうでないとしても民法七〇九条による損害賠償請求権に基づき」を加える。

四  同四枚目表四行目「認め、」から五行目までを「認めるが、傷害の程度は左頬の裂挫傷、擦過傷、口左下の擦過傷であって、いずれも軽傷であり、外傷性頸椎症の症状はなく、控訴人の入院は本件事故と因果関係はない。」と訂正する。

五  同四枚目裏一三行目の末尾に「また、仮に被控訴人らに法的責任があるとしても、控訴人にも過失があり、過失相殺されるべきである。」を加える。

理由

一請求原因1の(一)、(二)、及び同(三)のうち控訴人が本件現場を自転車で通行しようとして歩道で転倒したこと、車道の右側(西側)が工事のため片側通行になっていたこと、東側の歩道に穴が掘られ、道板が敷いてあったこと、(四)のうち控訴人が左顔面に傷害を負ったことは、当事者間に争いがない。末尾括弧書き記載の証拠によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、市道青井西間線(歩車道の区別のある幅一〇メートル強の道路)内にあり、被控訴人人吉市が発注した下水道築造工事を受注した被控訴人池崎建設が、家庭内排水の汚水枡を設置するため前日から径七、八〇センチメートル、深さ一二〇センチメートルくらいの穴を掘り、その上に転落防止のため幅二〇センチメートル、厚さ3.5センチメートル、長さ二メートルくらいの木矢板(道板)数枚を並べて渡していたが、本件事故当時は作業の途中であり、道板を固定するため夜間は打ちつけてある横板が取り外されていた。(〈書証番号略〉、原審証人山上茂、同山本紀一郎の証言)

2  控訴人は、自転車で本件事故現場の近くまで市道の車道の左端を進行して来て、歩道に進路を変え、同所の道板の上をそのまま通過しようとして、たまたま道板がずれて出来ていた隙間に自転車の前輪がはまりこみ、そのため転倒して左顔面を打って受傷した。当時、被控訴人池崎建設の作業員は、昼休みで付近にいなかった。(前記〈書証番号略〉、同山本紀一郎の証言、原審及び当審での控訴人本人尋問の結果)

3  被控訴人人吉市は、工事を発注する際には安全対策について当然に施行計画の段階で各安全担当者を決めることを指導するが、工事の具体的な細かい部分の指導はしない。(前記山上茂の証言)

4  控訴人は、本件事故による負傷のため救急車で手塚病院に運ばれ、左顔面打撲挫創との診断を受けたが、頸部通を訴えていたため翌日エックス線撮影を行ったが経年性の頸椎の変形があるほか、格別異常な所見はなかったので、念のためしばらく入院して経過を見ることになった(〈書証番号略〉、前記山上茂、同山本紀一郎の証言、同控訴人の尋問結果、当審証人手塚壮太郎の証言)

5  控訴人は、手塚病院において以後牽引療法や湿布、注射等を受けたが、頭痛が治らず、頸椎捻挫症、更に後頭神経炎の診断名が加わったものの、頸椎捻挫症に見られる上肢放散痛、しびれ感、感覚異常等の神経根症状はなく、症状に対する治療はなされたが、格別の変化は認められないまま経過し、昭和六一年八月二八日にようやく退院した。(〈書証番号略〉、前記手塚壮太郎の証言、同控訴人の尋問結果)

6  なお、控訴人は、昭和六一年八月二九日から、平井整形外科医院に頸部痛、頭痛、手足のしびれ等を訴えて受診し、同医院の医師は控訴人の主訴、第五、六、七頸椎に変形のあること等からその症状を変形性頸椎症と診断して、以後通院治療をした。(〈書証番号略〉、原審証人平井奉国の証言、前記控訴人の尋問結果)

二同2の(一)、(二)の各(1)について判断する。

前記一の1ないし3の認定事実によれば、本件事故現場の穴は、土地に人工的作業を加えて成立した物であって、「土地ノ工作物」に該当することが認められる。その穴に渡してあった道板の間に隙間があった以上、穴への転落、転倒の危険がありその工作物が通常有すべき安全性を欠いていたと認められる。

そこで、被控訴人らが占有者に該当するかが問題となる。被控訴人人吉市は、本件事故現場の市道を管理しており、道路である以上、工事を発注していてもそれによって自己の道路に対する事実上の支配を失うことはないこと、工事内容からも受注者が用地を排他的に占有することは予定されていなこと、一般に被控訴人人吉市は、発注した工事について監督権限を有していると推認できること、から考えると、被控訴人人吉市には、国家賠償法二条の責任がある(民法七一七条と同条とは同一であり、適用条文が異なるだけである。)というべきである。

次に、被控訴人池崎建設は、本件事故現場の穴を工事現場として、直接占有していたのであって、その占有者として民法七一七条の責任があるというべきである。

三同3について判断する。

1 (一)の休業損害については、確かに、前記一の4、5の認定事実によれば、控訴人は、本件事故によって負傷し、治療のため入院したことが認められ、その間稼働できなかったものと推認できる。控訴人は、本件事故の際、自転車が道板の隙間にはまりこんで前のめりに転倒して顔面を負傷しており、そのとき、頸部にも相当の衝撃が加わったであろうことが推認でき、頸椎捻挫症も本件事故による傷害と認められる。しかしながら、その入院期間は、通常の左顔面打撲挫創、頸椎捻挫症のそれと比較して著しく長く、その原因はむしろ控訴人自身の疾患(高血圧、頸椎の変形等)にある可能性が高く(前記平井奉国、手塚壮太郎の証言)、その期間を休業損害の計算の基礎とすることはできない。そこで、通常頸椎捻挫症では三か月が入院治療のめどである(前記手塚壮太郎の証言)ことを参考にし、控訴人は高齢で回復が遅いであろうことを考慮して六カ月間を本件事故による受傷と相当因果関係のある入院期間として認め、その期間を休業損害の算定の基礎とすることにし、控訴人の収入は年額五二万三五〇〇円(〈書証番号略〉)であることから、控訴人の休業損害を、二六万一七五〇円と認める。

2  (二)の慰謝料は、右で本件受傷によるものとして認めた入院期間及び控訴人は被控訴人池崎建設から見舞金を貰っている(〈書証番号略〉、前記山本紀一郎の証言)ことを考慮して八〇万円が相当である。

3  (三)の入院雑費は、前記1のとおり昭和五八年一二月二〇日から昭和五九年六月一九日までの一八三日(昭和五九年は閏年)について、日額八〇〇円が相当であるから、一四万六四〇〇円と認める。

四次に、過失相殺について判断する。

本件事故現場の歩道に、自転車及び歩行者専用の規制標識はなく(前記山上茂の証言)、本来、自転車は車道を通行すべきであった(確かに、〈書証番号略〉によれば、歩道を通行する自転車も多いが、それと法の建前とは別個の問題である。)こと、前記一の1のとおり本件事故現場には穴の上に道板が渡してあり、段差ができ、不安定であったから、あえてその上を自転車に乗ったまま通ることはなかったこと、を考慮すると、控訴人について三割の過失相殺をするのが相当である。

そうすると、控訴人の損害は、八四万五七〇五円となる。

五よって、控訴人の本訴請求は主文掲記の範囲で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきであって、これと一部異なる原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田和夫 裁判官足立昭二 裁判官有吉一郎)

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